二人の姫君は名香みょうこうの飾りの糸を組んでいる時で、「かくてもへぬる」(身をうしと思ふに消えぬものなればかくてもへぬるものにぞありける)などと言い尽くせぬ悲しみを語っていたのであるため、結び上げた総角あげまき(組み紐の結んだ塊かたまり)の房ふさが御簾みすの端から、...
その上母君の所在を自分らが知らずにいては、問われた場合に返辞へんじのしようもない。よく馴染なじんでおいでにならない姫君を、父君へ渡して立って行くのも、自分らの気がかり千万なことであろうし、話をお聞きになった以上は、いっしょにつれて行ってもよいと父君が許されるはずがな...
この夫人から生まれたのは男の子ばかりであるため、左大将はそれだけを物足らず思い、真木柱まきばしらの姫君を引き取って手もとへ置きたがっているのであるが、祖父の式部卿しきぶきょうの宮が御同意をあそばさない。「せめてこの姫君にだけは人から譏そしられない結婚を自分がさせてやりた...
光り輝く源氏の君、「光る君」と呼ばれた光源氏。企画展では、物語の名場面が描かれた「源氏物語図屛風(びょうぶ)」(六曲一双)が目を引く。 例えば、第5帖(じょう)「若紫(わかむらさき)」の場面では、光る君が後に妻となる紫の上を庭から垣間見ている。第22帖「玉鬘(たまかずら)」の場面...
古い御宿願には相違ないが、中に宇治という土地があることからこれが今度実現するに及んだものらしい。宇治は憂うき里であると名をさえ悲しんだ古人もあるのに、またこのように心をおひかれになるというのも、八の宮の姫君たちがおいでになるからである。高官も多くお供をした。殿上役人は...
こんなふうにお言いになり、怨うらみをお洩もらしになるおりおり、中の君は苦しくてありのままのことを言ってしまおうとも思わないではなかったが、妻の一人としての待遇はしていないにもせよ軽々しい情人とは思わずに愛して、世間の目にはつかぬようにと宇治へ隠してある妹の姫君のこと...
紫夫人は小説にある継娘の幸運のようなものを実際に得ていたのである。 加茂(かも)の斎院は父帝の喪のために引退されたのであって、そのかわりに式部卿の宮の朝顔の姫君が職をお継(つ)ぎになることになった。伊勢へ女王が斎宮になって行かれることはあっても、加茂の斎院はたいてい内親王...
寵姫を母とした御子(みこ)を早くごらんになりたい思召(おぼしめ)しから、正規の日数がたつとすぐに更衣母子(おやこ)を宮中へお招きになった。小皇子は、いかなる美なるものよりも美しい顔をしておいでになった。帝の第一皇子は右大臣の娘の女御からお生れになって、重い外戚(がいせき)が...
梅雨(つゆ)のころ、帝のご謹慎日が幾日かあって、近臣は家へも帰らずにみな宿直する、こんな日がつづいて、例のとおりに源氏の御所住いが長くなった。大臣家では、こうしてと絶えの多い婿(むこ)君を恨めしくは思っていたが、やはり衣服その他贅沢(ぜいたく)をつくした新調品を御所の桐壺(...
式部卿しきぶきょうの宮の姫君に朝顔を贈った時の歌などを、だれかが得意そうに語ってもいた。行儀がなくて、会話の中に節をつけて歌を入れたがる人たちだ、中の品がおもしろいといっても自分には我慢のできぬこともあるだろうと源氏は思った。 紀伊守が出て来て、灯籠とうろうの数をふや...